東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2202号 判決
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、「被控訴人は、昭和二十五年五月二十五日訴外渡辺亘に対し本件手形を裏書譲渡したが、同年九月十二日同人より戻裏書を受け現にこれが所持人である。なお損害金は本件支払命令の正本が控訴人に送達せられた日の翌日である昭和二十五年十月二十二日から求める。従つて呈示に関する事実は当審においては主張しない。なお、控訴人の抗弁は、控訴人が故意又は重大なる過失により時機におくれて提出したものであつて、しかもこれがため訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、却下を求める。その事実関係については、被控訴人が鮮魚の卸商であり、控訴人が魚類の加工業者であつて、両者の間に魚類の取引のあつた事実は認めるが、その余の控訴人の主張事実は否認する。被控訴人は控訴人との間の魚類取引により、昭和二十五年四月九日現在において控訴人に対し金九十余万円の売掛代金債権を有していたところ、控訴人はその額を争い金四十五万九千六十九円にすぎないと主張するので止むなくこれを認め、同日これが支払のため控訴人から本件手形の振出交付を受けたのである。」とのべ、控訴代理人において、「被控訴人主張の手形の裏書並びに所持に関する事実は認める。しかしながら、控訴人は次にのべるような事情により右手形の支払義務がない。すなわち、被控訴人は鮮魚の卸商であり、控訴人は魚類の加工業者であつて、その間永年にわたり魚類の取引をして来たところ、本件手形振出当時は鮮魚の統制時代で公定価格を以て、取引をしていた関係上、公定価格がしばしば改定されるので、控訴人は、便宜内金を支払い、残額は後日正確な公定価格を調査の上決済をつけるのを常としていた。しかるところ、昭和二十五年四月九日本件当事者間において、昭和二十四年一月四日から同年四月十五日までの間における取引残高の決済をつけるに当り、(右期間後においては両者間に取引はない。)被控訴人は金四十五万九千六十九円の未払代金が存在する旨主張するので、控訴人は後日公定価格を調査の上計算し直すことを留保して、暫定的にこれが支払のため本件手形を振り出し被控訴人に交付した次第である。ところが、後日公定価格を調査して計算し直してみると、被控訴人主張のような取引残高が存在してない事実が判明したので、控訴人は、被控訴人に対し本件手形金の支払義務がない。仮りに本件当事者間の取引が公定価格によるものでなく、これがため本件取引残高が生じたものとするならば、被控訴人は控訴人に対し右公定価格を超過する部分については本来その支払を求めることができないものであるから、被控訴人は、右超過部分のみによりもしくは右超過部分を包含して生じた取引残高支払のため振り出された本件手形上の権利を行使することができないばかりでなく、控訴人は、かかる事実を知らないで真実被控訴人主張の取引残高が正当に存するものと誤信して本件手形を振り出したのであるから、振出行為自体も法律行為の要素に錯誤あるものとして無効である。」とのべた外はすべて原判決事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人主張の手形の振出裏書並びに所持に関する事実はいずれも控訴人の認めて争わないところである。
控訴人の抗弁は、当審においてはじめて提出せられたものであるが、昭和二十六年三月九日の原審口頭弁論調書によれば、被告(控訴人)代理人は、原審において「原被告間には永年鮮魚の取引があつてその残額がはつきりしない為、昭和二十五年四月九日現在に於て四十五万九千六十九円を暫定的に手形債務に書替えたものである。」旨主張した旨の記載があるので、右事実を参酌し当裁判所は、昭和二十六年十二月十五日の口頭弁論において、控訴代理人に主張と証拠の整備を命じ、控訴代理人の準備のためにする続行申請を許し新期日を指定したのであるが、控訴代理人は昭和二十七年二月十四日の右新期日までに何ら準備をなすことなくしてついに右期日に出頭しなかつたのである。かかる経過に徴するときは、控訴人は、全く故意又は重大なる過失によつて時機におくれて右抗弁を提出したものと認めるの外なく、又右抗弁事実につき新らたに証拠調を必要とする点よりみれば訴訟の完結を遅延させるものと認むべきを以て民事訴訟法第百三十九条により、職権を以てこれを却下する。しかもなお本件手形振出行為が要素の錯誤により無効であるとの控訴人の主張は錯誤が振出行為自体に存するのでなく、その原因に存するというのであるから、主張自体理由なく、その余の抗弁事実は被控訴代理人の認める事実並びに控訴代理人の提出にかかる乙号各証によつてもこれを認めることができないのでその旨ここに附加する。
果して然らば控訴人は被控訴人に対し本件手形金四十五万九千六十九円並びにこれに対する本件支払命令の正本が控訴人に送達せられた日の翌日であること当裁判所に顕著なる昭和二十五年十月二十二日から支払済まで年六分に相当する遅延損害金を支払うべき義務あり、被控訴人の本訴請求は正当であつてこれを認容した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 猪俣幸一)